かつてCDが音楽市場を席巻した時、消滅の危機に瀕したのがアナログ盤。ところがどっこい、ストリーミングが主役に躍り出ると、姿を消し始めたのはCDで、レコード人気が再燃。新作のみならず名盤再発も活況を呈している。というので、初めてアナログ・レコードの世界に踏み込んでみようという方々に向けて続けてきたこの連載も今回が最終回。もうネタが尽き果てたから? 基本的な部分に関していえば、それもあるかもしれない。初めて扉を開こうとしている方には、充分な情報は提供できたと思う。でも、アナログにあるのは無限の奥深さ。一歩足を踏み入れると抜けられなくなってしまう、底なし沼かもしれないというのが最後のお話となります。
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アナログ・レコードは永遠に不滅です!(10)レコードに磨きをかける - シリーズ一覧はこちら
連載コラム【アナログ・レコードは永遠に不滅です!】
最終回 アナログ、あるいはヴァイナル・ジャンキージャンキーの世界へようこそ
「本当はなぁ、ほとんど違いなんかわからんのや。けどな、あれは病気のようなもんでな。どうしてもオリジナルに近いもんが欲しなるんや」
アートの世界で活躍する友人と飲んでいたとき、彼がそんな話をしてくれたことがある。話題になったのは、リトグラフや浮世絵のことで、最初に刷られた何枚かにこそ価値があるんだそうな。もちろん、それはレコードも同じようなもので、そのあたりの話からここに繋がっていったように思う。
収集癖ってのは実にやっかいな病気と言ってもいいだろう。その典型がレコード・コレクターだ。どこかで、オリジナルやレアなものが欲しくなる。なにせまっさらのスタンパーでプレスされた最初の一枚の音が一番ってのはコレクター仲間で常識とされていて、激レアなテスト・プレスとか、プロモ盤が高値で取引されるのはそのあたりに理由がある。
では、本当にそんなに音が違うのか? その答えはイエスでもあり、ノーでもある。というのも、聞き比べないと、簡単にはその違いがわからないから。もちろん、その昔、オリジナルと呼ばれるものを手にしていて、何度も何度も聞いていたら、再発物やCD、あるいは、流行のハイレゾなんてので聞くと、その違いがわかるかもしれない。が、いずれにせよ、求められるのはジックリと聴くという作業。聞き流すだけじゃぁ、簡単にはわからないだろう。
もちろん、どんなオーディオ機器で聴いているのかによって違いもある。高級オーディオと卓上プレイヤーで聞く音が同じなわけはないだろう。かといって、それを比較することにそれほどの意味はない。昔のシングル盤を後者で聴くのは味なもの。そんな楽しみ方もあるのだ。
一方で、オーディオ・マニアが大枚をはたいて集めるハイエンドの機器で聴くと、ミュージシャンがまるで目の前で演奏しているかのように錯覚するほどの音がスピーカーから流れ出てくる。もし、そういったチャンスが巡ってきたら、体験してみるのもいい。アナログ・レコード(だけじゃないだろうけど)がどれほど素晴らしい音を奏でることができるかという可能性と同時に、自宅のオーディオがどれほどしょぼいかということを、嫌というほど思い知らされることになる。そして、レコード収集と同じようなオーディオの泥沼に入っていくかもしれない。
金に余裕があるなら、いわゆる高級オーディオ機器を買いあさって、優雅に音楽を楽しめばいい。それができるとしたら、羨ましい限りだ。でも、ほとんどの人達にそんな余裕はないと察する。というので、まずはそこそこの機材でアナログ音源を楽しむ環境を作ったら、次はいろいろと小細工をして、よりいい音で聴くことができる環境を作るのだ。例えば、スピーカーの置き方や高さを変えたり、聴く場所を変えたり... わずかなことかもしれないが、それだけでも格段に音が変わる。そして、金に余裕ができたら、少しずつグレードアップしていけばいい。
オーディオ評論家でもない素人の体験をいえば、音の入り口であるカートリッジと出口のスピーカーを変えるだけで音が格段に良くなるように思えるのだが、プロの評論家のみなさん、どうでしょ? でも、それよりなにより、音楽ファンであれば、どちらかというと、ハードよりもソフトであるレコードにお金をかけたいというのがふつうだろう。でも、大好きなアーティストやアルバムに出会うと、また、同じような、新しい罠が待ち受けているのだ。
その典型が、コレクターにしてみれば、悪魔のささやきにも似た言葉「オリジナル」かもしれない。オークション・サイトを見ていると、やたらと目につくのがそれだ。まるで「釣りの餌」のようにでてくるんだけど、オリジナルがいっぱいあっていいわけはない。勝手な定義や拡大解釈が横行しているからこうなるんだろう。が、本来の意味を考えたら、そんなに数があるわけはないはずだ。
もともとの音源が録音され、ミックスされて生まれたマスター・テープが、最終的な調整とされるマスタリングを経て生まれた音を使ってカッティングされたラッカー盤から作られるのがマスター盤のオリジナル。そこから、実際にレコードをプレスするスタンパーが作られるので、厳密な意味で言えば、それで生まれたのが本来のオリジナルとすべきと思う。が、それでプレスできるのは2〜3000枚。全然ヒットしなかった代物と大ヒットしたレコードじゃぁ、その意味が全く違ってくるように思いません?
もちろん、それはそれで、また奥深い世界があって、レコード盤のレーベルのまわりに刻み込まれているマトリックスと呼ばれる記号を調べて、できるだけ若い番号を探すんだそうな。スタンパーを作る元になるマスターのマザー盤から、その元になるマスターのファーザー盤と、それぞれに個別の刻印、あるいは手書きによる印が刻み込まれている。さて、それをどう読み取るのか? 数字やアルファベットなら、たいていの場合は若い方からってことになるらしい。
例えば、UKの歴史的大ヒットとなったニュー・オーダーの「ブルー・マンデー」12インチだ。最初にプレスされたのが6万枚だったらしく、その初期ロットのマトリックスがFAC-73-A-1 MT.1なんだとか。FAC73がレコード(カタログ)番号で、AはA面でMTはマスターの1番と察する。そのあとにSTRAWBERRY OUTVOTED!という言葉がでてくるんだけど、これはマンチェスターのストロベリー・スタジオで、エンジニアがフェイダーを上げるのが遅すぎて最初のドラムビートがマスターに入らなかったことに起因しているんだそうな。それをどうするか、メンバーの賛成多数(Outvoted)でそのままにすることとなり、それが記録されているらしい。
マトリックスから読み取れるコレクター的な価値も興味深いけど、マスタリングによって生まれる音の違いも面白い。当然ながら、世界各国で生産されて、流通するのがレコード。それぞれの国にオリジナル・マスターのコピーが届けられ、そこでマスタリングが施される。それから同じ工程を経てレコードがプレスされるんだが、それが大きく音に反映されるのだ。たまたま筆者が気に入っているアーティストの大好きなアルバムだというので、こんなことに関心が向いたんだろう、そのきっかけとなったのがレゲエ界の巨人、リコ・ロドリゲスが残した名作『マン・フロム・ワレイカ』(ILPS 9485)だった。
オリジナルはレゲエを世界に広めたレーベル、アイランド・レコードから1976年にイギリスで発表されているんだが、その翌年、アメリカでこれを発表したのは、なぜかジャズの名門レーベル、ブルーノート。ちょうどジャズ・フュージョンが盛り上がっていた頃で、この頃に発表されたヒット作として知られるのがアール・クルーのヒット作『フィンガー・ペインティングス』(BN-LA737-H)。今でもFM放送の交通情報あたりでBGMとして使われるほどに認知された、いわばスムーズ・ジャズの源流とも言えるレーベルから、典型的なルーツ・レゲエの作品が出てきたのは音楽史上最大の珍事のひとつだろう。
だからこそなんだろう、音の違いが聞き取れる。その背景は... レーベルの特性じゃないかと想像するが、どんなものだろう。レゲエを熟知したUKのレーベルで仕事をしているエンジニアとアメリカのジャズ・レーベルで働くエンジニアでは、おそらく、指向性も仕上げたい音の感覚も違っていて当然。両者を聞き比べて、UK盤の方にベースや低音部の重厚さをより感じるし、レゲエ好きとしてはこの方がしっくりする。といって、US盤に不満を持つかと言えば、そうでもない。実際、リコのバンドで演奏していたギタリストは、「俺はブルーノート盤の方が好きだよ」と言っていたものだ。
と、そんな比較をしたおかげか、これ以降、同じアルバムを何度も買う羽目になるのだ。なぜか、裏面のデザインが微妙に違う1977年のUK盤。実は当初は、こちらがオリジナルと思っていたら、どうもそうではないことがわかったり、2000年に180gの重量盤でリマスタを謳って再発されたアナログ(SVLP 187)の音の貧しさに失望したり... この頃ほぼ同時に再発されたCDと同じような音で、昔のオリジナル、あるいは、それに近い盤の音とは比較にならないほどしょぼかった。あるいは、なんとか、1976年のジャマイカ盤を探し出そうとして手を出したら、再発物(SS 01)だったり... 好奇心もあれば、大好きなアーティストの大好きなアルバムをベストの音で聴きたいという、中毒患者にも似た欲求を押さえられなくなっていた。
おそらく、これはアナログに限ったことじゃないだろう。だからこそ、レコードで持っていたというのに、「より高音質」を謳ったCDで、買い直したり、さらに「高音質」という宣伝に踊らされて、また新しいヴァージョンに手を出したりもするんだろう。さらには、ハイレゾからストリーミングの時代になって.. さぁ、これからどうなるんだろうといった時に復活したのがアナログだ。「高音質」を目指して様々な試行錯誤をしている技術者のみなさんに敬意を払いつつ、以前にも書いたように、重要なのは音楽を楽しむことであって、その行為を介して認識するのが音質と呼ばれるもの。機械や論理で語ることのできる音質とは全く違った音楽の素晴らしさを享受するのにアナログほどふさわしいメディアはないってことをそんな時代の変化から学んでいった気がする。
そして、ここ10数年のアナログ復活の流れと名盤再発がいろいろなことを教えてくれるのだ。ずいぶんと時間とお金をかけて見つけ出した女性シンガー&ソングライター、カレン・ダルトンの名盤『In My Own Time』(PAS 6008)は、おそらく、オリジナルか、それに近いものなんだろうと察するが、反りがあって少しノイズが出るというので、最初に手を出したのは2006年に初めてCD化されたもの。その時にアナログも再発されていたのだが、入手できずに、数年後に再プレスされたヴァージョン(LITA 022)も買っている。すでにCDは処分しているんだけど、この再発盤には詳しいライナーも入っていて、なかなか手放せない。
その繰り返しをやって、アナログの泥沼にはまっていくのだ。大好きな細野晴臣のソロ・デビューとなるアルバム『ホソノハウス』(OFL-10)も発表された当時に買っているというのに、なんとアメリカでアナログが再発されたというのが嬉しくて再購入。昔買ったのはビニールの袋に入れていたせいで、ジャケットのプリントが剥がれてしまった... というのも、買い直しの理由だった。が、その二枚を二台のターンテーブルにのせて同時に再生。仲間と一緒にそれぞれの音を聞き比べると、オリジナルの方に部があるというのが全員の意見だった。
それでも、これは聞き比べたからこそ出てくる結論で、音が良くないなんて口にする人はいなかった。要するに、マスタリングやプレスによって、それぞれのディスクには違いがあり、それはそれでいいのだ。もちろん、粗悪なものがないとは言えないが、このアメリカ盤にそれを感じることはなかった。逆に、感じさせられたのがアーティストや作品への愛情だ。オリジナルとは違って、見開きジャケットで、開くとそこに見えるのはアルバムが録音された『ホソノハウス』の前に勢揃いをしたミュージシャンの写真。加えて、ジャケット大のブックレットが挿入され、北中正和の英文ライナーと共に録音時に撮影した数々の写真もちりばめられている。撮影しているのは、はっぴいえんど周辺をカメラで記録し続けた野上眞宏の作品。ほとんどは写真集『Happy Snapshot Diary : Tokyo 1968 - 1973』に掲載されているものと察するが、これがいいのだ。しかも、オリジナルでは小さくて可愛いブックレットだったのが、このサイズで再現されていてファンにはたまらなく嬉しい。というので、結局、これも手放せなくなって、レコードの棚に居座ることになる。
そうやって増えていくLPが数千枚になり、仲間と一緒に音楽を楽しむDJの世界に足を踏み入れたせいか、一気に増えてきたのが、10年ほど前には気にもかけなかった7インチの数々。このサイトでも『断捨離』をテーマに、過去を振り返りながら、レコード整理をしようという連載をしているのに、レコードに関して言えば、減るどことか増えている気がしないでもない。ひょっとして、この連載を読んでいただいているみなさんも、そんな泥沼に引き込もうとしているのかも... でも、引き込まれて嬉しい発見に幸せを感じるなら、それもいいってことにしません?
ということで、これまでおつきあいいただきありがとうございました。みなさんが、アナログ・レコードを通じて、素晴らしい音楽の世界を発見していただければ、それに越したことはありません。それを願いながら、この連載の幕を下ろしたいと思います。
当コラムで使用されているレコードは、すべて筆者コレクションを撮影しております。一部、および、すべての無断使用はお断りします。
連載コラム【アナログ・レコードは永遠に不滅です!】は今回を持って完結、終了となりました。これまでのおつきあい、ありがとうございました。
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