この記事がオススメな方
- アナログ音源の制作に関心を持つオーディオエンジニア:レコード音源を独自に制作・記録したいと考えており、カッティングの構造や精度にも強い関心を持っている層です。既存の録音手法に加えて、自主制作の可能性を模索しています。
- 音響機材や電子回路の工作経験があるDIY志向の趣味層:ピエゾ素子やスピーカー駆動などの知識を有し、Arduinoやステッピングモーターを用いた自作経験がある技術者または工作愛好家にとって、技術的に挑戦しがいのあるテーマです。
- 大学や専門学校の音響・電子工学系の学生・研究者:音響信号処理やアナログ記録技術を学ぶ学生にとっては、レコードのカッティング原理やイコライジング処理を実践的に学ぶための教材として活用できます。
- インディーズアーティスト・小規模レーベルの運営者:独自のレコードを限定生産したいと考える音楽関係者にとって、外注せず自前でカッティングを行う可能性を模索する際の情報源となります。
- 中古レコードやアナログ機材を扱うリユースショップの技術担当者:レコードの構造や制作プロセスに対する深い理解が求められる立場であり、顧客対応や機材整備の観点から、カッティング技術を体系的に理解するニーズがあります。
本文概要
1. レコードカッティングの仕組みと音の記録原理を理解する
- アナログレコードでは、音声信号を物理的な溝に変換して記録します。ステレオ信号は左右45度に傾いた溝として刻まれ、RIAAイコライザーによって周波数特性を調整する必要があります。この基礎理解が、正確なカッティング設計に不可欠です。
2. 自作に必要な構成パーツと推奨仕様を把握する
- カッターヘッド、安定した回転を持つターンテーブル、精密な送り機構などが必須となります。特に音声信号を物理的振動に変換する駆動部と、その精度を制御するモーター系の選定が重要です。
3. 音声信号処理とEQ設計の重要性を押さえる
- RIAAカーブに準拠したEQ処理と、信号の増幅・DC除去回路の設計が求められます。アナログ信号を安全かつ正確にカッターヘッドへ伝えるための回路構成も、音質に直結します。
4. カッティングマシンの製作手順と調整方法を学ぶ
- アーム構造、送り制御、針の取り付け角などの構造的要素を正確に設計し、試作カッティングを通じて調整を繰り返します。誤差のない構造と信号制御が、安定した記録品質を支えます。
5. 最終テストと音質評価で精度を確認する
- 試作盤を再生し、歪みやノイズ、溝の均一性をチェックすることで、機材の完成度を判断します。場合によっては測定機器や解析ソフトを使い、音声の再現性を定量的に確認します。
レコードカッティングの基本構造と音の原理
レコードカッティングは、音声信号を物理的な溝に変換して記録する技術です。原理的には、音声信号を電気信号に変換し、それを駆動系によりカッティング針へと伝え、塩化ビニルなどの母材上に溝を刻み込むことで実現します。音声信号は通常、ステレオ信号(L/R)を45度ずつ傾けたカッターヘッドによって左右の溝の振幅として記録されます。これを「45/45方式」と呼び、Victor Talking Machine社が提唱し、現在のステレオレコードの標準となっています。
また、信号の特性上、高域信号は振幅が小さく、低域信号は振幅が大きくなるため、RIAAイコライゼーションカーブという録音・再生時の補正カーブが業界標準として適用されています。これを正しく理解しなければ、再生時に不自然な音質になりますので、EQ処理もカッティング時には重要な工程となります。
自作に必要な主な部品と推奨仕様
レコードカッティングマシンを自作するには、いくつかの専門的な部品が必要です。中でも最も中核となるのがカッターヘッドです。業務用にはNeumannやWestrex製の磁気駆動ヘッドが使われていますが、自作の場合はピエゾ素子(圧電式)やボイスコイルを用いた自作ユニットを使用する事例が多く見られます。
次に必要なのがターンテーブルであり、これは33 1/3回転の安定した回転速度を保持できるものを選ぶ必要があります。モーターの制御精度が甘いとピッチの揺れが生じ、カッティング精度が大きく損なわれます。ベルトドライブ方式よりはダイレクトドライブ方式が望ましいとされています。
また、縦方向と横方向に動作するアームの精密な制御も必須であり、マイクロステップ対応のステッピングモーターやスライドリニアガイドを使用することで精密な送り機構を構成します。溝幅の調整やバリアブルピッチ制御を加えるには、リアルタイムでのオーディオレベル検知と連動した送り速度制御が求められます。これにはArduinoやRaspberry Piを介した制御も採用されています。
音声信号処理とイコライジングの重要性
音声信号をレコードに適切に記録するには、単にアンプで増幅するだけでは不十分です。前述したように、RIAAカーブに基づいたプレエンファシス(録音時のEQ処理)が必要であり、これにより低域の飽和を防ぎ、高域のノイズ耐性を高めることが可能となります。RIAAイコライザー回路は、正確なRCフィルター回路で構成され、代表的な定数は3180μs、318μs、75μsの3段階で構成されます。これらは周波数にして50Hz、500Hz、2122Hzのポイントで変化をもたらすことが知られており、これらに基づくアナログEQ回路の構築が不可欠です。
また、パワーアンプの出力にはDC成分が含まれていないことを必ず確認しなければなりません。DC漏れがあると、カッターヘッドが物理的に偏向し、母材を破損させる恐れがあります。DCブロッキングコンデンサや高域保護回路を入れることで安全性を確保できます。
実際の製作ステップと組み立て時の注意点
まず、筐体の設計では、アームの可動域とターンテーブルの中心との位置関係を精密に設計しなければなりません。誤差があると、トラッキングエラーが大きくなり、溝の切削角度に不整合が生じます。通常、アームのオフセット角やオーバーハング距離はベアリング中心からの正確な測定が必要です。
次に、駆動系の調整では、ステッピングモーターの制御によって送りピッチを決定するため、Gコードのようなカスタムスクリプトを活用して、送り速度を段階的に制御する必要があります。これにより、音量や周波数に応じた可変ピッチが実現可能です。
また、カッティング針の取り付けには精密な角度調整が必要で、通常は10〜15度の傾斜が一般的です。これは溝に対する摩擦と切削抵抗を最小限に抑えるための角度であり、これを守らないと母材が傷ついたり、ノイズが多く発生します。
最後に試験カッティングを行い、オシロスコープで溝のL/R信号の振幅とバランスを観測します。ここで非対称性がある場合、カッターヘッドのバランスや回路のゲイン設定を見直す必要があります。
仕上げ・テストと音質評価の方法
試作機でのカッティングが完了したら、まずは再生可能なプレイヤーで音質確認を行います。カッティングされたレコードは通常、再生時にノイズ、歪み、トラッキングミスなどが発生しないか入念にチェックする必要があります。とくに中高域のサ行で歪み(いわゆる「サ行ノイズ」)が発生する場合は、カッターヘッドの応答特性や針の先端形状に起因する可能性が高いため、再調整が必要です。
また、溝幅の均一性、レベルの左右バランス、クロストーク(左右信号の混在)なども測定機器で確認することが望ましく、これはShureやOrtofonのテストレコードを用いた比較が一般的です。さらに、プロ用の解析機器がない場合でも、ハイレゾ録音とスペクトラムアナライザーを組み合わせることで、周波数応答の分析や不要倍音の検出が可能です。
最終的に、記録された音声がどの程度正確に母材へ伝達され、再生時に忠実に出力されているかがカッティングマシンの評価基準となります。音の立ち上がり、定位感、ノイズレベルなど複数の観点から、機械の性能と製作精度を検証することが重要です。
まとめ
本記事は、レコードカッティングマシンを自作するための技術的手順を解説するもので、アナログ音声がどのように物理的な溝として記録されるかという基本原理から始まり、必要な構成部品(カッターヘッド、ターンテーブル、送り機構など)の仕様、RIAAイコライゼーションを含む音声信号処理の要点、実際の組み立てや調整方法、そして完成後のテストと音質評価までを、エビデンスに基づき専門的かつ実践的に紹介しています。
ライター紹介:鈴木 玲奈 (Reina Suzuki)
プロフィール:
音楽ジャーナリストおよびエデュケーター。
ジャズを中心に幅広い音楽ジャンルに精通し、初心者から音楽愛好家まで幅広く音楽の魅力を届ける。
大学で音楽学を専攻し、音楽理論と歴史について学ぶ。卒業後は、音楽雑誌のライターとしてキャリアをスタートし、音楽の多様性とその影響についての執筆を続けている。
音楽に対する深い愛情と情熱を持ち、特にジャズの豊かな歴史とその進化に魅了され、音楽の素晴らしさをより多くの人々に伝え、その魅力を共有することが目標。
専門分野:
- ジャズおよびその他の音楽ジャンルの歴史と文化
- 音楽理論とパフォーマンスの解説
- 音楽教育および教材の作成
- アーティストのインタビューとレビュー